綱敷行衛天満宮の読み方は、”つなしきゆきえ-てんまんぐう”と読みます。七条御前通をちょっと上がったところにある神社です。

綱敷行衛天満宮の基本情報

【住所】
〒600-8871
京都府京都市下京区西七条北東野町4

【最寄り駅】
JR山陰線 梅小路京都西駅(徒歩10分)

【電話番号】

【Google マップ】
https://goo.gl/maps/oewneuMReumpyKjJA

綱敷行衛天満宮の由緒等

祭神は菅原道真公

綱敷行衛天満宮は元々、綱敷天満宮と行衛天満宮の二社に別れていた。
共に古来、西七条村に奉祭せられていました。
昭和九年に合併し、現在の場所に鎮座しました。

綱敷天満宮に関する古記録

古記録

付近に高さ数十丈、枝葉四方に繁茂し、山の如く見ゆる榎あり、世人 榎の森と称したり。
この森の傍に広大なる菖蒲池あり、四季を通じて花絶えざる景勝の地たり。乳母文子七条村より出て仕うを以って道真公には白太夫なるものを随え、しばしこの地に遊び、この森を閑静の勝地と称し、別荘を建て、菖蒲池にて御舟遊あり、里人の調進せし綱を舟綱として慰み、戌はこの舟寄せの綱を円座としてその上に座し、詩歌を読み給いしが里の童これを真似せしかば、さても優しき童なり、其程我を尊むことなれば我が姿を残し置かむと、綱敷の御像を自ら描きて、その父子に与えたり。

後 冤罪の為 筑前に下らせ給いても、帰落の勅命なき身の 京落を想いて先に里人に与えし、画像を形見となし榎の森に祀るべしと、白太夫に命じて文子に告げられる。父子小祠を建てむとせしも、公を憚り、成し得ず打ち過ぎたりしに、成夜夢に「北の地に来るとも身を入るべき宿なし」「疑はずして我が住居を作るべし」と託宣あり。遂に一字を建立す、榎寺と名づけ広大なる地域を有し、霊験顕著なり。

綱敷・行衛天満宮について

菅原道真を祀る旧村社。

綱敷天満宮は洛陽天満宮二十五社の一つ。

その由緒を
「山州名跡志」は「伝未詳、按ズルニ綱敷トハ管相公筑紫二遷リタマフ時、博多二於テ船ヨリ上リ玉ヘルニ、御座無フシテ船ノ綱ヲ敷テ御座トナス、此時一夜ニ於テ白髪ト成玉ヘリ、世人其御相好ヲ図シテ綱敷像トモ、一夜白髪ノ御影トモ云フ也、其神像ヲ安置スル故ナル敷」
と記す。

行衛天満宮は靭負天満宮とも記され、名称の由来を「山州名跡志」は「此宮ノ前南北ニ通ル路アリ、是ヲ靭負通ト号ス、仍テ号ルナリ」とする。「北野天神縁起」には、天慶五年(九四二)西京七条に住む「賤女にあや子といひける者」に北野の馬場に社を建てよという菅原道真の託宣があり、しばらく自宅に祀ったが天慶九年に北野に社殿を移したとあるが、その多治比文子の旧宅にちなんだものと社伝はいう。現在は綱敷天満宮に合祀される。

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