烏丸松原を少し下がったところに、平安末期から鎌倉時代にかけて当代一の歌人といわれた藤原俊成卿を祀る俊成社(しゅんせいしゃ)があります。ビルの隙間にすっぽり収まる小さな社です。

俊成社(しゅんせいしゃ)の基本情報

【住所】
〒600-8417
京都府京都市下京区俊成町438

【最寄り駅】
地下鉄烏丸線 五条駅1番出口(徒歩4分)

【電話番号】

【Google マップ】
https://goo.gl/maps/zay5cmEDQHndSgSy8

俊成社(しゅんせいしゃ)について

この社は平安時代(794〜1185年)末期から鎌倉時代(1185〜1333年)初期にかけ、当代一の歌人といわれた藤原俊成卿を祀ります。

元久元年(1204年)十一月三十日、九十一歳の天寿を全うした後、町民が民家の裏に祀ったと伝承されています。

俊成卿の本邸宅は、五条大路(現在の松原通)の烏丸小路から室町小路に及び、そのため卿は五条三位と呼ばれていました。

寿永二年(1183年)、「千載和歌集」を撰集せよとの後白河院の院宣が、俊成卿に伝えられ、時あたかも木曽義仲が延暦寺に入ったとの報に、平家公達の都落ちが始まっていました。

平清盛の弟平忠度も、鳥羽のあたりまで落ちていたが、どうしても、自らの秀歌から一首でも、この「千載和歌集」に採歌してほしいという想いを抑え切れず、俊成卿の五条の家まで引き返し、秀歌の巻物を差し出しました。

俊成卿は、「ゆめゆめ粗略にはいたしません。お疑いのないように。」と返答しました。千載和歌集は文治四年(1188年)に完成し、その中の一首は、俊成卿の歌の境地を示しています。

世の中よ道こそなけれおもひ入る
    山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

歌の意味は
「世の中なんて、どうにもならないもの。
思いつめて入り込んだ山の奥にも、鹿が悲しげに鳴いているようだ。」という歌だそうです。

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